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「手放し」の本当の意味 3 〜 もっとシンプルに、自分と向き合っていくために


さて、今回のテーマも、前々回、前回とシリーズでお話してきた、「手放し」についてです。

これまでの三次元的な意識、つまり、凝り固まった考え方や抜け出せない行動パターンを生み出している色々なとらわれから抜け出し、多様な可能性に満ちた状態としての「アセンション」に向かっていくために、必要とされる「手放し」。


それは、自分や他者をがんじがらめにしてしまうようなネガティブな感情やエネルギーを脱ぎ捨てて、もっと自由に、身軽になっていくための、ポジティブな目的性を持ったワークです。


しかし、人によっては、「手放し」をすることをひどく重荷に感じてしまったり、「嫌だ」「怖い」といった拒否反応が出てしまったりすることがあるのも事実です。


そこには、「手放し」という言葉の意味が、とても誤解を生みやすいものであるということが関係していると思います。


・「手放し」と「抑圧」は違う



前々回、「手放し」は行動の「禁止」ではない、ということをお伝えしました。


今回、もう一つ付け足して主張したいのは、「手放し」は想念の「抑圧」でもない、ということです。


特に、真面目でストイックな人に多いパターンなのですが…。


ネガティブな感情やエネルギーに自分がとらわれていることに気づいた時、「こんなことじゃいけない!」「こんな感情を持ってはいけないんだ!」と自分を責めてしまうことがあります。


このような状態だと、「手放し」のワークがうまく機能しなくなってしまいます。


感情やエネルギーを抑圧して、無化しようとする態度は、けっして「手放し」にはつながらないものです。


むしろその想念を、自分でも気づかないままに、化石のようにして内部に閉じ込めてしまい、その想念へのとらわれを強化してしまいます。


「手放し」とは、ネガティブな想念を感じている自分を否定することではない。


感情の揺らぎが全くない、サイボーグのような聖人君子を目指すことでもない。


この世界に肉体を持って生きている限り、それは無理な話ですし、そもそもそんな状態では、きっと毎日がつまらないですよね。


・自分自身を承認しよう



重要なのは、ネガティブな感情やエネルギーを感じている自分自身を、まず承認してあげることです。

その上で、いま自分がとらわれている想念が不要であるならば、そこから自由になる方向へと動いていくこと。


激しい感情やエネルギーを自分の外部にぶちまけて発散するのでもなく、内部にぐっと押し込めて無化しようとするのでもなく、それをもっとスケールの大きな(高次の)世界に、ふわっと投げてみること。


それが「手放し」です。

「手放し」のワークを通して、私たちは、自分自身が直面しているとらわれを自覚し、もっと自然で無理のないあり方を実現していくきっかけを得ることができます。


「手放し」は、これまでよりもシンプルに自分と向き合い、自分自身を大切にできるようになっていくためのプロセスなのです。


・「手放し」の先にある楽しさ


「手放し」のワークを行うと、自分の内部の感情やエネルギーの流れが、とても純粋になります。


「手放し」という言葉が、ストイックで修行的なイメージと結びつきやすいこともあり、それをどんどん推し進めていった先には、無欲で無感動な、人間離れした境地が待っているのだと誤解されやすいのですが、そうではありません。


これは私自身の実感でもありますが、「手放し」の先には、とても素直な感覚が訪れます。


以前よりも感覚が研ぎ澄まされ、新たな発見が多くなるのです。


美味しいもの、心地いい体験、面白い出来事、好きなこと、大切な人。


自分の内部の感情やエネルギーの純粋な流れを許容できるようになるからこそ、様々な物事との出会いから生まれる楽しさに、素直に身をゆだねることができるのではないでしょうか。


「手放し」とは、私たちがより自分らしい生き方に向かっていくプロセスであり、あくまでもその可能性の幅を広げていくための手段。規範でも義務でもありません。


だからこそ、「手放し」のワークに取り組む時には、ぜひそれぞれのペースで、あまり気負わずに進めていっていただけたらと思います。