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自分軸/他人軸…その区別、必要ですか?


「他人軸ではなく、自分軸で生きよう!」

これって、スピリチュアルや自己啓発の世界で、よく聞く言葉ですよね。


他人の言動や行動、感情や思考を気にし過ぎて、それに合わせた生き方をしてしまうこと=「他人軸」で生きている状態。

そして、周囲の状況に振り回されずに、しっかりと自分の内面を見つめ、その本心に基づいた生き方ができていること=「自分軸」で生きている状態。

このように区別しているわけです。


もちろん、私たちは個人としてこの世界に生きていて、自分らしい人生を自分でデザインする自由が与えられています。


だから、他人の顔色ばかりをうかがいながら過ごすのは、とてももったいないこと。


「他人ばかりにフォーカスぜず、自分にもフォーカスする」ことは、人生を楽しくする上では必須の条件なので、その意味で「自分軸」というものはたしかに大切です。


けれど、「自分軸」というものを追求しすぎて、周囲の人々や環境との断絶を生んでしまったり、逆に自分自身のストレスを増やしてしまうケースも多いように思うのです…

YOKU STUDIOが目指す「欲、生きる」は、「自分軸で生きる」と、似ているようで違います。


私たちは、「欲」というものに注目することで、自分軸/他人軸という対立構造をなくしていった先に、「欲、生きる」という生き方があると考えています。


そこで今回は、自分軸/他人軸という区別を意識しすぎることによって生まれる問題点について、語っていこうと思います!




・「自分」って、思っているよりも曖昧

まず最初に考えたいのは、「自分軸」というものの立ち位置です。


「自分軸」ってそもそも、明確に存在するものではないのでは?と思うのです。


たしかに、私たちは個性を持っていますし、考え方や行動のパターンなども、人によって違います。


しかし、何かを考えたり、行動を起こしたりする時のきっかけって、自分の内面にだけあるものではないですよね。

たとえば、「海外で英語を勉強したい!」という目標が生まれ、それを叶えるために行動しているとして。


そのような目標が生まれた背景には、両親が子供の時に買ってくれた英語の絵本や、英語がペラペラのかっこいい友達の存在、あるいは学校の先生のアドバイスなどなど、外部的な原因が作用していることが多いように思います。


「いやいや、私の生き方は他人からなんて影響されてないよ!」と思う方もいるかもしれませんが…


何気なく手に取った本や雑誌、たまたま観た映画、ふと耳にした音楽、あるいはネットで見つけた情報から、「海外で英語を勉強したい!」という目標が生まれたとしたら、それもある意味、「他人」の影響によるものだと言えます。


なぜならそれらはすべて、「他人」が作り出したものだからです。

つまり、自分の生き方というのは、純粋に自分オリジナルのものではなくて、外部の「他人」との偶然の出会いによって決定されるもの。


どのような環境に身を置き、どのような人々に会い、どのように情報に触れるかによって、自分の考え方や行動の指針となる「自分軸」は、大きく変わっていく可能性があるんです。


「自分」というのは、私たちが思うよりずっと曖昧なものであり、「自分軸」も、外部との関係性のなかで生成変化する、流動的なものだと言えるのではないでしょうか?

・自分軸/他人軸という区別がストレスを生む

たしかに、「他人」に振り回されて、自分のやりたいことを見失ってしまうのは、大きなストレスになります。


周囲の他者や環境からの働きかけを、自分がそれに合わせなければならない規範のように考えてしまうと、人生の満足度はぐっと下がってしまう。


だから、「自分軸が大事!」というのも一理あるんです。

でも、「自分軸」で生きることにこだわりすぎると、問題も生じます。


自分の感情や考えや、やってみたいこと、将来の夢や目標は、もちろん大切にすべきものですが、そこから「他人」を排除してしまうと、どうしても排他的になりがちなんです。


先ほどお話しした通り、「自分軸」とは自分オリジナルのものではなく、「他人」との関係のなかで作られていくものです。


それを忘れて、「自分ってこういう人!」「自分ってこういう考え方!」「自分はこう生きたい!」という、固定的な、変化しない「自分軸」を作り上げてしまうと…


自分が受け入れられない考えを持つ他者や、気に入らない環境から身を離して、その固定的な「自分軸」に合うような、理想的なライフスタイルを実現することを追い求めるようになる。


そのような「自分軸」へのこだわりは、いつしか執着になり、考え方や行動のパターンの柔軟性を失わせ、周囲との関係性の破綻を生む原因にもなってしまうように思います。

そもそも、スピリチュアルの世界で目指される「目覚め」「アセンション」(現代的な「悟り」)というのは、私たちがおちいりがちな、〇〇 vs ✖️✖️という対立構造(二項対立)を乗り越えていくこと。


その二項対立の最たる例が、「自分」vs 「他人」


自分という存在も他者という存在も同じように、ストレスなく認めることができるような、「自分」と「他人」という区別がいらない状態こそ、現代版「悟り」なんです。


だから、自分軸/他人軸というものも実は二項対立であり、この世界をより自由で柔軟に生きていく上では、乗り越えるべきもの。


「他人軸」を悪者にして、そうではない「自分軸」だけを追求する態度というのは、あまり得策ではないように思うのです。






・自他の区分がない「欲」を指針にする

前回の記事でお伝えしたように、「欲、生きる」という私たちのスローガンにおいて前提としている「欲」というのは、固定的な「自分軸」とは違うものです。


「欲」とは、他者や環境との関わり合いのなかで、自分のなかにたくさん湧き上がるもの。しかもそれは、どんどん変化していきます。


だから、「欲、生きる」ということは、言ってみれば、「自分軸と他人軸を統合して生きる」ことであり、「自他の区別なく生きること」ことなんです。

私たちは、この世界に肉体を持って存在している以上、周囲の人々や環境と関わり合わなければ生きていけません。


「他人」との関わりのなかで、いかに自分がストレスなく過ごすことができるか、そしていかにそれを有効活用して毎日を楽しめるか。

それが、人生を豊かにしていく鍵であり、現代版「悟り」に近づいていく道だと思うのです。

「他人」は、自分にとっての敵ではなく、自分の人生を動かすエネルギーとしての「欲」のきっかけを作ってくれる存在。


だから、自分軸/他人軸という区別自体を手放し、自他が入り混じったエネルギーとしての「欲」を見つめ、人生に生かしていくことが大事なのではないでしょうか?


また、「欲、生きる」を深掘りするとともに、その実践方法を考える記事をアップしますので、お楽しみに🍀