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自分探しに疲れたあなたへ。


あなたは、「自分探し」をした経験、ありますか?


かつて「自分探し」に励んでいたという方もいるでしょうし、現在進行形で「自分探し」中だという方もいるでしょう。

就職活動にあたって誰もが「自己分析」を行うことからもわかるとおり、現代において「自分探し」は、とても重要なテーマになっています。


「本当の自分」を把握して、それを活かせる仕事や趣味に励むことこそ、充実した生活を送る上で大切だ…


このような認識は、かなり広く共有されていますよね。


スピリチュアルの世界においても、いろいろな制約とか、世間体とか、周囲からの抑圧を取り払って、「本当の自分」に気づいていこう!」というのが、多くのサービスに共通するスローガンです。


でも、「本当の自分」って、宝探しのように見つかるものなのでしょうか?


実はそれって、確定的なものとしては存在していないように思うのです。



「本当の自分」を見つけることに一生懸命になりすぎると、いつのまにかそれが強い執着になってしまったり、周囲の人々や環境に対して否定的になってしまったりすることも多い印象があります。


充実した人生を送ることを目指しての「自分探し」が、逆にストレスを生み、人生の可能性を限定してしまっていたとしたら…本末転倒ですよね。



今回は、この「自分探し」に潜むワナについて解説し、もっと柔軟な「自分」というものの捉え方についてお話ししていきたいと思います!




・純粋無垢な「本当の自分」?



「自分探し」によって目指されるもの。

特にスピリチュアルの世界において、それは、育ってきた環境や、周囲の人間関係によって影響されていない、自分の純粋な魂を発見することです。


そもそも私たちは、生まれたばかりの時には(あるいは、この世に肉体を持って生まれる以前には)純粋無垢な「本当の自分」だったのに、外部からの様々な影響を受け、抑圧されることによって、それを見失ってしまっている。


だから、そのような外部から影響を取り払って、純粋無垢な赤ん坊のような「本来の自分」を見つけ、そこに立ち返った生き方をすることが大事だとされます。


けれど、私たちが生きていく上で必要なのは、赤ん坊のころからずっと変わらない「本当の自分」だけなんだ!という考え方には、あまりリアリティがないように思うのです…



人間の赤ん坊は、この世界に生まれた時には、言葉はおろか、感情や思考、世界認知の回路さえ、未発達です。


最初は親や家族、そして先生や友達、恋人などとの関係のなかで、いろいろなことを吸収し、成長していきます。

つまり、いまの自分を形づくっている要素というのは、周囲の人々や環境に由来するものも、かなり大きいわけです(というか、もしかしたら、ほとんどがそうだと言っても良いかもしれません)。


いまの自分のなかでかなりのウェイトを占めているはずの、外部からの影響をすべて削ぎ落としていくというのはなかなか手間のかかる作業です。


それこそ玉ねぎの皮をむくようなもので、いつまで経っても「本当の自分」にたどりつけない…という事態が生まれがち。


純粋無垢な「本当の自分」というものは、実は、理想化・神秘化された、決して辿り着けない概念のようなものなのかもしれません…



・自分を外部から切り離すのはもったいない



もちろん、人にはそれぞれ個性や才能があります。


しかしそれは、純粋無垢な「本当の自分」のなかに、最初から完全な状態で存在したわけではないと思うのです。

固い殻を被ったタネが、小さな芽を出し、成長して花を咲かせるためには、栄養のある土や、渇きを潤す水や、あたたかな日差しが必要であるように。


私たちの個性や才能を、この世界のなかで開花させるためには、外部との関わり合いが不可欠です。


かつてブッダも、「無我」の境地を説き、あらゆる存在は、他との関係としての「」のなかで成立していると考えました。


だからこそ、純粋無垢の「本当の自分」を見つけることに躍起になって、周囲の他者や環境との関係を削ぎおとそうとする「自分探し」の方法は、その人の可能性を逆に狭めてしまっているように思うのです。


「自分探し」へのこだわりは、結果的に、知らず知らずのうちに自分軸 vs 他人軸という二項対立の意識、つまり「分離」の意識を強めてしまうことにつながりがち。


そして、「分離」の意識が強まると、結果的に自分が抱えるストレスが増えたり、他者との亀裂が生まれる結果に…

(自分軸と他人軸の区別を乗り越えることの重要性は、こちらの記事でお話ししています↓)






だからこそ、外部から切り離された「本当の自分」を追い求めることではなく。


いまここに存在している自分、つまり、外部からのいろいろな影響を取り込みつつ発展してきた、流動的な自分そのものを認めること、そしてそのポテンシャルを最大限生かしていくことの方が、人生を充実させる鍵として重要なのではないでしょうか?

・「本当の自分」なんて、見つけなくていい


私(中の人)の個人的なエピソードになりますが…


かつて「本当の自分」にこだわらずに行った人生の選択が、結果的にプラスに働いた、という経験があります。


大学時代、研究テーマに悩んでいた私に、当時の指導教員だった先生が「ちょっと思いついたんだけど、これやってみなよ!」と、軽いノリで勧めてくれたものがあったんです。


そのテーマには別にそれほど興味がなかったのですが、せっかくの提案だったので、研究を始めてみることにしました。


とりたてて嫌なことでもなかったし、「まあ、悪くなさそうから、とりあえずやってみるか!」という、ほんとうに軽い気持ちだったんです。


しかし、実際研究にしっかり取り組んでみると、思いのほか面白く、その後かなり長い期間、そのテーマと付き合い続けることになり、今では専門家と言えるくらいにまでなってしまいました。


私の人生を大きく決定づけたのが、指導教員の偶然の思いつきだったことを周囲に話すと、けっこう驚かれます(笑)

「自分探し」、「自分軸」を重視する考え方からすると、当時の私の選択は、「本来の自分」に向き合わず、「他人軸」で動いた結果だと、判断されてしまうかもしれません。


でも私は、あの時、先生の提案を何気なく受け入れて、本当に良かったと思っています。


研究をはじめてみて、たくさん苦労もしましたが、それ以上に新たな知見を得ることができましたし、その経験によって私自身も知らなかったポテンシャルが引き出され、人生がずっと面白くなった、という実感があるんです。 他者の何気ない介入が、いまの自分を形成する大切なピースになっていること。それってすごく素敵なことだと思うのです。


(実は、私がこのYOKU STUDIOに関わるようになったことも、似たような成り行きだったりします…笑)


もちろん、外部ばかりを気にして、他者のいいなりになったり、環境に振り回される必要はまったくありません。


ただし、他者や周囲の環境というのは、これまでもこれからも、ずっと存在しつづけるし、そこから切り離された自分というものは存在できない。


だったら、外部との関わりのなかで様々なことを吸収し、それを再解釈して、日々のモチベーションにつなげていくことが、いちばんクリエイティブな生き方なのではないでしょうか?



「本当の自分」なんて、見つけなくていい。


だって私たちは、毎日の生活のなかで、毎分毎秒、「自分」をアップデートしていけるし、そのすべてが「自分」なんだから。


このような考えに立てば、自分を大切にするとともに、もっと他者や環境との関わりを楽しみながら、人生を前向きに歩んでいくことができるのではないかな?と思います。