• YouTube
  • Instagram
  • Facebook
  • Twitter
  • TikTok
note_kv.jpg

スピリチュアルって本当に必要⁉︎【翔哉のひとりごと】  


こんにちは、というかはじめましてですね。

ナチュラルプラネット YOKU STUDIO代表の翔哉です。


基本的にはこのnoteは、僕が普段カウンセリングやクラスでの経験で考えたことをある程度体系化して、クラスの生徒さん(たまにカウンセリングに来たお客様)にお伝えしている内容を、ひらたく、わかりやすくかつ誤解のないように、執筆者(通称“中の人”!!)のオリジナルの考え方も織り交ぜながら、書いていただいてるものなので、基本的には僕が記事を書くことはないのですが。 何となくそろそろ僕自身も書いた方がいいかな?と思って(まあ、これが俗にいう“メッセージ”っていうやつですかね。スピリチュアル的にいうと.....笑)書いてみようと思いました!(キリッ)



・何で僕がスピリチュアルカウンセラーになったか


冗談と長めの散文的前置きはここら辺までにして(僕は翔哉クラス界隈では前置きと話が長いことで有名なんです....)、もうちょっと真面目に書きますと。

そもそも僕は、偶然的にも、ある種、必然的にも、色々な出来事を経験してスピリチュアルカウンセラーという一般的には、(たぶん)何とも怪しげな仕事をしているわけです。

そもそもは、僕自身はこの手の神秘主義的だったり、オカルト的なものにどはまりするようなタイプじゃなかったんだと思います。実際、大学では工学部を専攻していました。


宗教学、心理学、精神分析、哲学等々、神秘主義思想に繋がりそうなことは大学ではほとんど専攻していなかったですし、その後も直前になるまで“スピリチュアルカウンセラー”なる不思議な仕事をするつもりは全くなかった訳です。


じゃあ、何でそんな僕がスピリチュアルなる不思議な世界に迷い込んだかというと、色々神秘的に説明することもできますが、いろんなことを吹っ飛ばして端的に言えば.....

人生に悩んでいたから、です。

おっと。。。いや、簡単すぎたのかもしれませんが、でも根本的に言えば、ただただ悩んでいたんです。


人は、というか少なくとも当時の僕はシンプルに悩んでいて、悩みすぎて今までのハイカルチャーな言説や考え方とか吹っ飛ばして、それこそ藁にもすがる気持ちで、しがみついた藁が“スピリチュアル”だった訳です。


“理系の人間こそ、宗教にはまりやすい”とか、“いろんなキャリアや大学等で教養を身につけたんだからもったいない”とか、色々な皆さんのツッコミ的亡霊の声は伝わってくるのですが、それでも僕は当時“人生に悩んで”いて何となく軽い気持ちで受けてみたのが“スピリチュアルカウンセリング”なる何とも怪しげなカウンセリングだった訳です。


そこから、一気に今の僕に飛ばして話をすると、端的にその時ある程度救われてあれやこれやで、受ける側から、やる側になったんです。


僕がスピリチュアルカウンセラーとして、独立するまでの間にも何度も、

“スピリチュアルって草w”

的なツッコミを自戒を含めて死ぬほどしてきましたし、やめようかなーって何度も思いました。


でも何となく僕のカウンセリングを必要としてくれている人はありがたいことに完全にゼロになった事は今までなかったし、やっていく中でなんか色々と“こうしてみようかな?”みたいなアイデア(スピリチュアル界隈だとメッセージってことになるんだと思います)は尽きずにそれなりに興味深くやって来れたんだと思います。



・スピリチュアルの重要性


そこで、今の僕が思うスピリチュアルの必要性って、端的に言えば、

“占いの延長上にあるなんかすごいことが起きるかもしれない裏技”

と捉えています。


まあ、そんなこと言われなくたってスピリチュアル好きな人や下手すれば一般の方でもわかってるかもしれないのですが、とにかく基本はそこなんです。

このレベルだったら効果としては自己啓発でもいいじゃんと思うところもありますが(というか、現代スピリチュアリズムではかなり自己啓発に接近している印象です)、自己啓発と違うところであり、スピリチュアルの可能性の条件とでも言えるところは、

“簡単に説明していてすごくわかりやすいように聞こえるけど、全然説明になってない言説がゴロゴロ転がっているところ”です w

そしてさらに、その全然説明になっていない言説が、

“なぜかひとの人生を救ってしまうところ”です。


冒頭でも書いたように人は(僕だけかもしれませんが.....)本当に困った時、藁にもすがり、非科学的なものの奇跡を信じたりもします。 そこにつけ込む形での霊感商法は絶対に許されてはいけないですが、そこにある種の奇跡(に見えるようなもの)を通して人を元気にしていけるポテンシャルは確かにあります。

それを端的に“プラシーボ”とかたづける事は簡単ですが、“プラシーボ”がスピリチュアルな効果の大半だとしても、それがなぜ効くのかを分析し、体系化し、実践的に組み立てていく事で、アカデミックな理論では捉えられなかった(当然、僕らもアカデミックな先行研究は参照していくつもりです)、神秘や死者、神や魂、そしてそこにおける人の生を違う形で描くことができる気がしているのです(これもマジックワード的なメッセージ....!!!)





・YOKU STUDIO で目指していること

そんな、非科学的でオカルト的なスピリチュアルが、哲学や精神分析的な視座の元、“なぜかひとの人生を救ってしまうこと”を僕らなりに持ちうる教養とロジックで、分析、解明し、実践的手法に落とし込んでいくのが、YOKU STUDIOが目指すプロジェクトのゴールです。 そのゴールは僕が生きている間ではたどり着けないかもしれません。ただ、ゴールにたどり着くことが人生の幸せであるという考えは、僕的には共同幻想だと捉えています。


YOKU STUDIOでは仮固定的な目標を掲げながらも、日々の“今ここ”“欲、生きる”ことを理念にも掲げています。 本当に正しいかどうか、に重きが置かれる現代にあって、“かもしれない”の可能性を常に想像力の中に挟み込み、固定化された想像力を脱構築していくことが、新しい言説、ひいては人の人生における“欲、生きる”可能性を底上げしてくれるエネルギーになると考えています...........


と、いきなり冒頭のテンションと違って真面目モードになってしまって恥ずかしいので、真面目な話はここまでにしときます w


このシリーズでは、スピリチュアルの現代的必要性を、僕、翔哉の臨床的な経験と、僕の持ちうる教養と先行研究のロジックを駆使しながら(僕の何となくの思いつきのタイミングで w)書き下ろしていく予定です。

スピリチュアルに興味がある人でも全くない人でも、もっと言ってしまえば疑っている人でも(僕は元来こっち側の人の方が仲良くなれるはず)、ちょっとした興味から、“スピリチュアルってこんな風にも考えられるんだー、へー”、みたいなアハ体験をしてもらえるようなコンテンツを上げていく予定です。(だいたい月一回ぐらいのペースで書く予定です.....頑張れ翔哉!!!)


次回以降から表題にあるような内容を書いていきますのでお楽しみに!!!