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【ツインレイ】 あいみょん、RAD、大森靖子…歌のなかの「君」と「僕」


「あいみょんの「ハルノヒ」って、「ツインレイ」の曲じゃない?」

今回の投稿のきっかけは、YOKU STUDIOのメンバーのこんな一言でした。

昔から、恋愛・パートナーシップをテーマにした楽曲は、本当にたくさん作られてきましたし、それを聴く人々の心に寄り添い続けてきました。


前々回、前回とお話ししてきた「ツインレイ」のような、その結びつきが魂レベルで深い関係性について歌った作品も多くあります。


これまで多くの場合、「ツインレイ」的な関係性は、生まれる前から決められていた運命として、大変な試練の末に結ばれるという定型のストーリーと結びついたものとして、考えられてきました。


このようなドラマティックな恋愛観は、多くの人の心をとらえるものだからこそ、楽曲の題材ともなりやすかったのです。


(たとえば演歌が良い例ですね)


けれど、「風の時代」において。


「ツインレイ」のストーリーは、逃れられない悲恋のストーリーである必要も、現実味のないシンデレラストーリーである必要もありません。

それは、それぞれの「わたし」と「あなた」の、それぞれの愛の形としての、オリジナルストーリーになるはずです。

今回は、このような、新しい時代のスピリチュアル的なパートナーシップのあり方を反映しているのかではないか?と思う楽曲を、いくつかピックアップして紹介していきます!






・あいみょん 「ハルノヒ」(2019)


「北千住駅のプラットホーム」の風景からはじまるこの楽曲は、「君」と「僕」の何気ない日常と、その付かず離れずの絶妙な関係性を描いています。


 


北千住駅のプラットホーム 銀色の改札 思い出話と想い出ふかし 腰掛けたベンチで 僕らは何も見えない  未来を誓い合った



 

「君」と「僕」がベンチに腰掛けて見つめているのは、確定的な未来像ではありません。


二人が誓うのが「何も見えない」未来だからこそ、寄り添って過ごす一瞬を一瞬を積み重ねていこうという気持ちが、「焦らないでいい いつか花束になっておくれよ」という歌詞に、まさに表れているように思います。




 


どんな未来が こちらを覗いてるかな 君の強さと僕の弱さをわけ合えば どんな凄いことが起きるかな? ほら もうこんなにも幸せ いつかはひとり いつかはふたり 大切を増やしていこう


 

過去でも未来でもなく、「いまここ」にいる「君」と「僕」の幸せを、まっすぐに感じて生きていくこと=「大切を増やしていく」こと。


こう解釈すれば、「何も見えない未来を誓い合った」この2人の形を、純粋な愛の次元でつながった、新しい時代の「ツインレイ」としてとらえることもできるのではないでしょうか?





・RADWIMPS 「スパークル」【original ver.】(2016)


新海誠監督の映画『君の名は。』(2016)でも使われた、ピアノが印象的な美しい楽曲「スパークル」にも、「君」と「僕」との不思議な関係性を読み取ることができます。


主人公である高校生の男女の、時空を超えた恋を描いた『君の名は。』と、まさにリンクするこの曲の歌詞を眺めてみると、一見、この世界で出会った「君」と「僕」との間にあった宿命性が強調されているようにも思えるのですが…


歌詞をよく読むと、宿命性を超えた先にある「君」と「僕」との関係性に、いちばんの価値が置かれていることが分かります。


 


運命だとか未来とかって 言葉がどれだけ手を 伸ばそうと届かない 場所で 僕ら 遊ぼうか


 

「運命」にも「未来」にも左右されない、オリジナルの場所で「遊ぶ」こと=「君」と「僕」の「恋」。


二人の関係性は、すでに定められた宿命のストーリーをなぞるものではなく、実はとても軽やかなのです。


 


時計の針も二人を  横目に見ながら進む そんな世界を二人で 一生、いや何章でも 生き抜いていこう


 

その関係性自体を大切に、楽しんで「遊ぶ」ことができるからこそ、2人の結びつきはとても特別で、時間性を超えるような愛でつながったものになる。


この曲の歌詞には、運命論から逃れた、新しい時代の「ツインレイ」のストーリーが持つ、無限の可能性が示されているような気がします。






・大森靖子 feat.平賀さち枝 「LOW hAPPYENDROLL - 少女のままで死ぬ - 」(2018)

最後に紹介するのは、ちょっと雰囲気の異なる楽曲です。


「超歌手」を名乗るアーティスト・大森靖子が書く歌詞は、とても独特な強度があって、スピリチュアル的に見ても面白い要素がたくさんあります。


(いつかしっかり取り上げて記事にしてみたい!)


「LOW hAPPYENDROLL -少女のままで死ぬ-」自体、「少女」としての「わたし」と「あなた」の関係性を描いた楽曲なのですが、ここで注目するのは、歌詞そのものではなく、彼女がライブでこの曲を歌った際の、前フリとしてのセリフです。


 


人生にやり直せることなんか一個もないけど  別に失敗とかもないし 好きなエンディングまで 好きな人まで  好きな人の好きな形まで その人自体とはちょっと違っていても わたしのなかで何度も何度も作り替えたって  別にかまわないし それはぶつけ方によって愛情の表現は変わるけど あなたが存在して わたしが存在して その両方が少しずつ違うことは それもとても  ロマンティックなことだと思うのです 何度でも何度でも何度でも 好きなエンディングまで LOW hAPPYENDROLL



 

註)「47都道府県TOUR"ハンドメイドシンガイア" 〜新木場STUDIO COAST 2019.11.13〜」より


いかがでしょうか?


「わたし」と「あなた」のストーリーを、何度も何度も作り替えながら、進み続けていくこと。


安易に一つのストーリーに寄りかかってしまうことなく、様々な違いを含みこんだお互いの存在を認め合い、尊重しながら、オリジナルの愛でつながっていくこと。


定められた「運命」よりもずっと「ロマンティック」な、「いまここ」の感覚をしっかり味わうことのできる関係性は、新しい時代の「ツインレイ」そのものであるように思えます。






これからの時代において、パートナーシップのあり方は、ますます自由度の高いものになっていくはずです。パートナーシップだけではなく、あらゆる人と人との関係性も同様です。


前にもお伝えしたように、高次元的な愛でつながってさえいれば、その物理的な関係性は、ほんとうはとてもフレキシブル。


愛によるつながりによって保証されているからこそ、三次元の物質世界には、どのようにも落としこめるものなのです。


定型的なストーリーに飲み込まれることなく、まず「いまここ」を共有する「わたし」と「あなた」の存在を認め、そこに素直な喜びを感じることを連続させていく。


それが、「風の時代」におけるすべての人間関係の可能性の基盤であるように思います。